蒼夏の螺旋

  “包 パオ!”
 


 ラップをかけた丸ぁるいボウルの中では、生なり色の丸い生地が随分と膨れていて、粉まるけになってたキッチンをパタパタ片付けていたルフィは、思わずのこと、にまぁ〜vvと満足そうな笑みに口許をほころばす。ゾロとの同居が始まり、家事の一切合切を受け持つようになって何年か。切って炒めるだけとか、切って交ぜるだけとか、切って煮るだけとかいうレベルの料理は、これでも一通りを何とかこなせるようになったものの、なかなか手が出なかったのが、実はお菓子作りというカテゴリー。こちらは…大仰な言いようをすれば精密な科学の世界だからで、何と言っても料理一般のような“目分量”が利かない。煮物なんかは毎日使ってるナベの大きさと、調味料のボトルの傾け具合とか、お玉に注いだしょうゆの深さ、なんていうアバウトな感覚でも、不思議と納得の味付けに収まるが、シフォンケーキやパイ生地なんぞはそうはいかない。慣れてる人は、

 『そんなことないない、手ごたえとか眸で見た感覚で手掛けてますって』

 なんて言うのかもしれないが。それこそ、慣れから身についた感覚のお話。初心者にしてみれば、レシピに詳細に記されたあれこれ、砂糖が何gで、小麦粉がバターが何g、生クリームが何ccで…というのが細かすぎるため、1gでも間違えるととんでもないものになりそうな恐怖が先に立ってしまっての手が出せず。どうせ失敗するなら、最初から買った方が早いし確実…なんて、ルフィもまた御多分に洩れず、そんな言い訳で自分を納得させてたりもしたのだが。

 『あんな、こないだ風間くんトコのお母さんとマドレーヌを焼いたんだ。』

 向こう様も、最近になって新しいオーブンレンジを買ったので…と、手をつけ始めたばかりの初心者さんだというのに、そりゃあ美味しいスポンジケーキをPC教室へと差し入れて下さって。思ってたより簡単に出来たというお言葉に惹かれて、一緒にと頑張ってみたら、それが初めてにしちゃあ上出来だったので。

 『そん時のは、おやつにって結局自分で全部食ってしまったから。』

 今度はゾロにも食ってもらうんだと、第二弾にと頑張ったのがカップケーキで。あんまり甘いのはゾロってば苦手だからと、砂糖の量とかに工夫をし。生地の段階から味見をしたりと、結構なトンチンカンぶりだったらしいが…それでも焦がさずのふんわりと焼き上がったそれが、お世辞抜きに美味しかった。甘さを抜いた代わり、アーモンドの風味を足したんだ。風間さんちのおばさんも、そうかその手があったわねって感心してくれてと。もっと幼い子供が初めての料理に成功したような、微妙に興奮混じりの そりゃあ嬉しそうなはしゃぎようだったそのお顔こそ、旦那様には一番の甘味料だったのだけれど。

  ――― そしてそして

 勢いづいたルフィ奥様。この秋は手持ち無沙汰にならなくともという勢いで、時間が空くとケーキの本とにらめっこするようになっており。

 『サンジに訊いてもいんだけど。』

 料理は何って区別なく プロはだしのサンジだから、秤とか使わない極致に辿り着いてるかんな…と自分から言い出して、こっち方面では頼ろうとしない所存を当初から表明しておいで。教えるのが下手だとは言わない。普通の煮付けだ何だではコツを訊いてもいるようで。ただ、

 『てぇ〜い、面倒だって言い出して。』

 完成品を山ほど空輸して来たり、しまいにゃ“自分が直々に教えてやっから”とご訪問なんて運びにもなりかねねぇし…なんて。ゾロがついついしょっぱそうなお顔をしたよな、とんでもない喩えを持ち出したルフィであったりし。

 「んっとぉ、後は蒸すんだよな。」

 聖篭はないからアルミの二段の万能蒸し器をと、棚から取り出しコンロへかける。自分しかいない折は、コンビニスィーツか袋菓子で済ましてるおやつだが、

 「何か手伝うことないか?」
 「ん〜、もうないよ?」

 強力粉と薄力粉にドライイースト、それから砂糖とサラダオイル。BPってのはなんだ? ああ、それは“ベーキングパウダー”の略だぞ、いわゆる一つの“膨らし粉”だ…なんて。ところどころで、自分の方が物知りだからと、教えてしんぜようなんてな物言いをしていた小さな奥方を、はいはいといなしながらも手際はなかなかの“助手”として、あれこれ手伝ってくれてたゾロが在宅だからこそ、じゃあ何か作ろっかなという順番になっている“お菓子作り”でもあったりし。

 「変な奴だよな。」
 「何がだ?」

 相変わらずにがっつりと頼もしい長身を、トレーナーとスェットパンツというラフな部屋着にくるんだご亭主。キッチンダイニングと刳り貫きでつながっているリビングの、その戸口に凭れた格好で、午後のお茶へのメイン作りにと頑張っておいでの奥方の奮戦を眺めつつ、少し前から思ってたらしいことを口にする。

 「最初のうちは、
  作るのが面白いし、買うより沢山を好きなだけ食えるから安く上がるし、
  なんて言ってたくせによ。」

 それが今じゃあ、週末にまとめて作るだけ。買った方が楽だしなんて以前と同じパターンへ戻ってしまってる。それも、結構上手に作れるようになった途端なので、ゾロにしてみりゃ“何でまた?”という変貌ぶりであるらしかったが。

 「それはな、ゾロが“奥さん”じゃねぇから判らねぇんだ。」
 「???」

 ちっちっちっと、お顔の真横に発てた人差し指をもっともらしく振って見せ。せめて、俺みたいな“主夫”だったらちっとは判っただろうけど…なんて。いかにも、こっちが思慮深い大人だと言わんばかりの物言いをしたルフィであり。

 「世の中はな、合理的ならイってもんじゃねぇんだよ。」
 「おおお。」

 世の中はと来ましたか、と。わざとらしくも眸を剥いたゾロだったのか可笑しくて、お顔が笑み崩れつつも“そうだっ”と胸を張れば。すぐ傍らで…まるでそんなルフィへと同調するかのように、蒸し器が盛大に湯気を吹き上げ始めたので、

 「おおっと、しまった。」

 クッキングシートを敷いた上段へ、小分けにした生地の団子を間隔空けて並べ、湯気に気をつけつつ下段の上へと重ね戻す。今日作っているのは中に具を入れた包子
(パオズ)じゃあなく、生地だけ蒸して、後から好きな具を挟む“包(パオ)”なので。初心者でも失敗は少なかろと…実は今日初めての挑戦だったりし。

 “先週のホカッチャも出来立てなら何とか美味しかったから。”

 あはは、微妙なお言いようですな、そりゃ。素人パンは冷めると岩石のように堅くなるのもありまして、ピザ生地みたいなイタリアのパンを試したらしいものの、どうやら残った分はさんざんだったのらしく。……市販品ってやっぱり、添加物あってのいつまでも柔らかいパンなんでしょうかねぇ?

 「挟むのは、叉焼あんとトマトミートソースがあっけど。」

 他に何か出すか? キムチとか? 冷蔵庫をのぞき込む小さな背中は、相変わらずに子供がままごとしているようなのにね。ミートソースも自家製のを作ってくれるし、たまに買って来たお総菜がテーブルにのぼることもあるが、それはルフィが“ここのは美味しいから”と厳選したものに限られており。昔のわんぱくさんだった姿を覚えている限りじゃあ、到底重ならない姿なのにね。でも、

 “これと決めたことは粘って粘って頑張ってたから。”

 それの延長だと思えば、成程、違和感のあることでもないのかなと。そちらは夕食用か、小あじの南蛮漬けが並んでいるらしいバットの隅っこへ人差し指を突っ込んで甘酢の馴染み具合を確かめ。次はと、冷蔵庫を閉じながら片手ナベを覗き込み、今日の昼食には大きく丸いままでラーメンへ載ってた叉焼の残り、甘辛煮の暖まり具合を確かめ、と。そりゃあ楽しそうな素振りの奥方、依然として突っ立っているご亭主へ気づき、

 「まだちっとかかるから、リビングで待ってなよ。」

 などと言うのだが。ゾロにしてみりゃ、そんなしている“途中経過”の様も、見ていて楽しいのだからしょうがない。

  ―― ここにいる分には邪魔にもならんだろうが。
     でもさ。さっきまでは捏ねるのとか手伝ってもらうこともあったけど。
     もう無いのか?
     う〜んとな…。
     その蒸し器、仕上がったころには相当熱いんだろうに。

 あ、そかそか。じゃあ、これをこっちの調理台まで運ぶのをやってもらおうか、なんて。小さい子供へ何とかお手伝いを探してやった、ずんと大人のような口ぶりになるのがまた、聞いてる側には可笑しくてたまらず。

 「…何だよ、笑って。」
 「いや、何でもねぇ。」

 ほれ、そろそろルフィの好きな時代劇の再放送が始まるし。いいんだよ、録画してっから。それに今日の話には、あんまりあの人出てないし。最後へぽそりと付け足された一言へ、

 「…あの人?」
 「な、内緒だっ。////////」

 素早く食いつく御亭も御亭なら、律義に赤くなる奥方も奥方で。さぁて、こちらのルフィ奥様。一体どのお侍様、もしくは出演者のファンだったりするのでしょうか?
(大笑)






   〜Fine〜  09.11.25.


  *別のお部屋の“いい夫婦の日”に構けてて、
   もはや“ゾロ、お誕生日おめでとう”の祝辞を
   付け足すのが恥ずかしい日付になってしまいました。
   すいませんです、まったくもって。
   今話は、誕生月の内の、単なる休日のご夫婦ということで。(苦しい?)

     ■ 参照 “COOKPAD”→ レシピ検索No.1 料理レシピ載せるなら クックパッド
         http://cookpad.com/recipe/465040
         http://cookpad.com/recipe/439527

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